焦らず、腐らず、うぬぼれず。

いよいよ中間テスト週間。
焦る生徒たち、実は緊張感で胃が痛い講師陣。
「そんな勉強の仕方じゃだめ!」
「今頃、自己満足のノートをつくるな!」
「手が遅い!」
「もっと書きなさい!!!」
言葉にしても、励ましてみても、まだまだ足りない。

んがーっ!子供たちってほんとにまどろっこしいっ!!

でも、どうしても点数を上げてあげたい。
この定期テストのために今日まで一緒にやってきたから。補習もたくさんしてきた。塾のない日も呼びつけ、呼びつけられた。これが実は大変なことだとわかるのは当事者たちだけだ。
とにかくとにかくとにかーーーく、自信をつけてあげたいのだ。
「やれば出来る、自分は出来る」という思いを感じさせてあげたい。

その思いが自分の土台となって学力を上げていくことを、私たちは嫌というほど身近で見てきた。
勉強の仕方でもない、コツでもない、誤解を恐れずに言えば、時間でもない。何より、自分を信じることが出来るかどうか、その気持ちを強く強くしてあげることこそが肝!

そんな気持ちで生徒一人一人の表情や態度にじぃぃぃぃーーーーーっと注意を払っていると、自信のない子、諦めの早い子の共通点が見えてくる。

とにかく「難問で時間をかけ過ぎ」「苦手科目に目を向け過ぎ」なのだ!
苦手好きか!(突っ込み)

人には必ず苦手がある。
そこに執着してどうするの?どうして得意科目を他人より抜きんでるほど磨き上げることに執念を燃やさないのか?苦手を克服するのはその次でよし!

ネガティヴすぎる。苦手ばかり見つめて「わからない、わからない」と口癖のように繰り返すことでただの努力不足の現実から逃げる。当然、不毛な時間だけが過ぎる。

そしてポジティヴすぎる。
その程度の出来栄えで得意科目とか言うな。
他の科目よりちょっと点数が良い程度で調子に乗って、テスト範囲の勉強は中途半端な仕上がり。
ふたを開けてみれば、平均点の少し上、なんてことはざら。なんだ、その程度か。

どうしてみんな苦手に執着していつまでも点数を上げにかからないのか?
どうして得意科目を誰も追いつけないほど磨き上げて、自分の武器にしないのか?
そうすれば平均点より上、さらに400点など意外と簡単にとれるのだ。
受験は5科目勝負。そう考えればいいだけだ。
何でもかんでも出来る人は確かに学年に数人はいる。
しかし、その数人の中のほとんどが、学びが始まった時点で日頃から努力をしてきた。今も人知れずしている。そんな頭の下がる生徒たちをごまんと見てきた。

だから、厳しい話をすれば、学びが始まった時から「努力」をしてこなかった場合、さらに今も努力出来ずにいる場合、追いつくのには相当の労力がいる。
それならば、得意科目を磨き上げなさい!ぴっかぴかに!!!

そして、保護者の皆様にぜひお願いしたいのは、失礼ながら、先に述べた努力を積み上げてきたわけではない場合、同じように「得意科目から」応援してあげていただきたい。認めてあげていただきたい。
大嫌いな科目、点数がどうしても低くなってしまう科目にばかりスポットライトを当てて、評価をされる方の方が断然多い。もちろん、お気持ちはわからないわけではない。

「社会は得意だから、まぁとれるんですけどねぇ、、、」
「英語なんですよね、、、」

というのはよく聞くお悩み。
そうではなく、得意を褒めちぎり、得意をもっともっと恐ろしく得意に導いてください。(いくら得意でもやらなきゃ取れなかった点数ですよ。)
だいたい、テスト範囲が指定されている定期テストごときで、少々点数が良くて何になる。中学校差も存在している。だから、学力テストで偏差値を65を超えれば怖いものなし!ここまで磨く!

それを「得意」といい、「磨き上げる」と言います!
お気を悪くされた方がおられたら申し訳ありません。
わたしだって、全科目得意になってくれたらこんなに嬉しいことはない。

しかし、中途半端に少々満足のいく点数をとったとしても、入試で取れる点数はたかが知れている。大阪府の中3生が一斉に戦う問題が「少々得意」ごときで解けるように出来ているはずがないのだから。

「じゃぁ、いつまでも英語の点数は低いままでいいんですか?」
という声が聞こえてきそうだが、それがまたコンピューターより優れた大脳で生きている人間の不思議な力。
人間は、何かがあるライン(磨き上げたラインです!)に到達すると、苦手をなくしたくなる、チャレンジしたくなる。そういう生き物なのだ。

『焦らず、腐らず、うぬぼれず。』

とにかく現時点の力を親子で冷静に客観視。何から伸ばす?何を磨く?
そうやって一つ一つ丁寧に、職人のように勉強していくと素晴らしい作品がきっと出来る。

何もかも新陳代謝の活発な若者たちにかかれば、勉強に対する思いも、表情も、凛としたものに変わっていることに気付く日はそう遠くない。